忘れ得ぬ人々 (17) 添田三枝子先生を偲んで

飯田 文子

私が結婚して間もない頃、友人も知人も全くいない上尾の団地に、添田三枝子先生と安達しげ子さんが訪ねてきてくださいました。

いつも二人で上尾の家々を訪問され、信徒さんの開拓をされていました。添田先生の家で誌友会があることを知らされ、私は早速出席しました。先生は暖かく迎えてくださり。楽しい誌友会でしたので、〝また出席しよう〟という思いで帰宅し、毎月出席させていただきました。そしてその後も『生命の実相』の輪読会も始まり、何年かかったでしょうか。四十巻を二回ほど皆で輪読いたしました。

私達の質問には、先生が解りやすく答えてくださったことを覚えております。少しづつ真理も深まっていった様に思います。とても控え目でしたが、芯の通った信徒さん思いのとても素晴らしい先生でした。

講習会の推進にも先生とご一緒したことがあり、「こうして推進に歩くことは、神様と一緒だから素晴らしい愛行なのよ」と力付けてくださり、楽しさを味わうこともできました。そして、私が四十代のころ、主人が会社の帰宅途中で倒れたことがあり、救急車で病院に運ばれ「今から手術になります」と連絡を受けた時には、気持が動揺しすぐに先生に電話を入れたところ、夜遅いのにもかかわらず、すぐにとんできてくださり祈ってくださいました。その後一緒に聖経を誦げてくださいました。そのお陰で「手術はしなくても大丈夫です」と、病院から連絡をいただきほっとしたこともありました。先生の愛の深さにはいつも感謝の思いで一杯になります。

そして勉強家で、真理の書をいつも深く読み込んで誌友会にも精力的に出講されていました。

晩年、家庭の都合で住居を何回か変わられることになりましたが、南伊豆に越された時には淋しい思いもいたしました。でも先生は明るく「冬でも暖かく、近くの農家さんが、毎日野菜を玄関に置いていってくれるのよ」と、笑いながら話してくださいました。

最後は娘さんと二人で東京のアパートに住まわれ、上尾から皆で押しかけたこともありました。楽しい思い出です。上尾の信徒の皆様は、私同様、暖かな愛情を一杯いただき、母親のような、そして師として尊敬できる存在でした。先生を思う時、いつもほのぼのとしたものが心を伝わります。

先生、有難うございました。そして、お世話になりました。

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