忘れ得ぬ人々 (24)
今野行雄先生の思い出
橋本 康正
平成四年四月に教化部が落慶して間もない頃、大学生だった私は、青年会活動のため毎日のように教化部に顔を出していました。当時の深田保教化部長・小池要治事務局長から、「将来、教化部に入らないか」とありがたい声をかけていただいていましたが、一人「やめておいた方がいいぞ!」と冗談とも本気ともつかない顔で仰る方がいました。
その方こそ、後に教化部に奉職した時の上司となる今野行雄先生でした。
平成八年十月に今野先生は、小池要治先生から教化部事務局長を引き継ぎ、平成十六年三月に退職されるまでの七年半、ずっとそばで勉強させていただきました。
また、今野先生は胃を全摘したことをきっかけに飛田給の練成会に毎月熱心に参加し、平成五年に教化部に奉職されました。普通に三食取ることができないので、小さなおにぎりを合間合間に口にするような体調の中、パワフルに動き回り、大型免許、調理師、宅建、危険物取扱・・・様々な資格を持ち、豊富な経験と知識も兼ね備え、何でも冷静に自信をもって仕事をこなす方でした。また、自然をこよなく愛し、人に喜ばれることをすることが大好きな愛深い方でした。教化部の玄関まわりもきれいな花で埋め、こまめに手入れし、教化部にいらした信徒さんにも大変喜ばれていました。
一番印象に残っているのは、ある年の講習会の会場抽選に行った時の事です。そこは、他団体と日程が重なった場合は、部屋毎・曜日毎にそれぞれ抽選しなくてはいけない会場でした。
会場に向かう途中、今野先生は「必ず全部とれるよ!」と言っていましたが、私は取りたい気持ちと共に、さすがにすべては難しいだろうと内心思っていました。土日は希望団体が多いので、案の定すべて他団体と重なり八回の抽選をすることになりました。今野先生含む十名くらいの人が前に出て、緊張の中、抽選を行ない・・・結果は、見事当選!
その後も八回中六回当たりを引き、外れた二つも、一つは、後になって、別の日が取れたのでと譲っていただき、もう一つは、土曜午前だけ使用の団体だったので、午後から借りることが出来て、結局ほぼ完璧に会場を取り、講習会を開催することが出来ました。
今思うと、ただ運が強かっただけではなく、その根底に篤い信仰心があったのだと思います。
毒舌なところもありましたが、前向きなコトバを発し、コトバに愛がありました。「やめておいた方がいいぞ」も、「職員に同世代の人もいないからいろいろ大変だぞ」という思いやりの言葉と受け止めて感謝しています。人当たり良く、面倒見の良かった今野先生、ありがとうございました。