202507月号 昔の思い出

 今日は「海の日」で休みですので相撲を見て「しほつち」の原稿を考えて?いました。昔から相撲は好きでした。ひいき力士ではないのですが、最年長の力士に「玉鷲」というモンゴル出身のお相撲さんがいます。テレビを見てますと、玉鷲は非常に相撲が楽しくて、名古屋場所のその日は負けましたが、最後まで引かなかったから良かったと自分をほめていました。
 すごく前向きで、日時計主義の生き方をしているな、と感心しました。私たちも何があっても常にプラスに考えて人生を前進したいものです。
 そう言えば、私にも、とてもうれしかった思い出があります。それは小学1年生の冬、東京武蔵野市の小学校でしたが、そのころ(たぶん昭和25年頃)通学するのに雪が降ってきて積もっていたので、母親が高下駄(その頃は長靴が買えませんでしたので)をはかして通学路を歩かせました。
 そんなに遠くない学校でしたが、途中高下駄に雪が詰まってなかなか歩けませんでした。とうとう詰まったままなので、よその玄関の門の前で泣いていました。(大変弱虫で泣き虫でした)その時、上級生の女子がサッと私を負ぶって学校の門まで連れて行ってくれました。
 その時の親切が70年過ぎた今でも忘れずに、思い出として強く残っています。もしその人に今会えたら心からお礼を言いたいなといつも思っています。ちょっとした親切、愛を施すことの大切さを痛感する出来事でした。
 小学校3年生ぐらいの時、その当時は戦争の時に火災を防ぐため作った貯水池が、あちこちに残っていました。その貯水池にトンボを捕りに行きました。トリモチの竿を担いでいきました。誰もいない家の近くの貯水池(プールぐらいほどの大きさ)で捕っていると足を滑らせ池に落ちてしまいました。泳げない私は足が底に着かない位の深さでしたので、アップアップしながらもうダメかと背伸びをしていると、近くのおばさんが物干し竿を担いで駆けつけ助けてくれました。命拾いをしました。
 その後も原宿の本部に奉職していた時、生命学園の仲間で富士山に1合目から登りました。あとでわかったのですが、その日は8合目あたりで落石があり、何人かの人が亡くなりました。私は落石が起こるとは知らずに、頂上を目指そうと少しずつゆっくり登りました。登った時間がずれていたので助かったことがありました。
 このように誰でも何時も使命のあるうちは守られ、導かれているんだなと痛感しました。
 私たちは常に神様に波長を合わせて、悪いもの一切なしの〝神一元〟の信念で邁進したいと思います。

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