2021年11月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 お知らせ 忘れ得ぬ人々 (18) 母、中村雪子のこと 佐竹 房子 母、中村雪子が、生長の家に入信いたしましたのは、昭和二十三年頃でした。 その当時、私達一家は下関市にある母の実家に住んでいました。母は父の戦死の知らせを受け、働き始めておりましたが、胸膜炎を患 […]
2021年10月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 お知らせ 忘れ得ぬ人々 (17) 添田三枝子先生を偲んで 飯田 文子 私が結婚して間もない頃、友人も知人も全くいない上尾の団地に、添田三枝子先生と安達しげ子さんが訪ねてきてくださいました。 いつも二人で上尾の家々を訪問され、信徒さんの開拓をされていました。添田先生の家で誌友会が […]
2021年9月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 お知らせ 忘れ得ぬ人々 (16)種子田(たねだ)誠子講師 浅子貴美子 種子田誠子先生に最初にお会いして感じたのは、言葉使いがとても丁寧で吃驚したことでした。これから先どう接していったら良いのか…と思うほどでした。私は、母親教室をしていた木本邦子さんと最初に出会い、娘が小さい頃 […]
2021年8月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 忘れ得ぬ人々 忘れ得ぬ人々 (15)二人の義母 藤原聰子 藤原良一氏の夫人のしげ子義母は毎月三十冊の神誌を誌友宅に届けていました。三十二年に白鳩会を発足させて自宅でも誌友会を開催するようになりました。義母は四十年に他界するまで光明化運動に捧げ尽くしましたが、 昭和四 […]
2021年7月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 忘れ得ぬ人々 忘れ得ぬ人々 (14) 藤原良一講師の思い出 藤原聰子 義父、藤原良一講師は、亡き主人、誠の父で主人は三男で六歳下の妹と四人兄妹でした。 義父が亡くなられて今年は四十二年になります。私が結婚した頃(四十六年四月)義父は埼玉県教化部、浦和本太の養心会館で相愛会と生政 […]
2021年6月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 忘れ得ぬ人々 忘れ得ぬ人々 (13) 母・渡邊ヨシの思い出 素直に行じる母でした 新井 倫子 母は平成六年五月三十日、安達秀一講師出講の誌友会の開会の祈りの途中で倒れて、日赤に運ばれました。沢山の方々にお祈りいただきましたが六月七日に六四才で昇天 […]
2021年5月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 忘れ得ぬ人々 忘れ得ぬ人々 (12) 父・石塚金太郎② 石塚 恵三 「生長の家講演会」の会場を訪ねてみると、そこは亡き松尾先生(昭先生のお父上)のお宅でした。話を聞いてみると「生命の実相の講話」で、「なんと素晴らしい教えな […]
2021年4月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 忘れ得ぬ人々 忘れ得ぬ人々 (11) 父・石塚金太郎 ① 石塚 惠造 父・石塚金太郎は二十歳の時に、大東亜戦争に「国家の為に行く、そして靖国神社へ行く」と両親に伝え自ら志願し陸軍に入った。そして、厳しい訓練を経て、大陸の戦場に向かった。ある時、二度目の作戦で敵弾に当たり、 […]
2021年3月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 忘れ得ぬ人々 忘れ得ぬ人々 (10)内田倫子先生 私が内田倫子(みちこ)先生とお会いしたのは長男が小学校へ入学するため、行田市から熊谷市三尻に引越して来たのがきっかけでした。引越するにあたり、母は近くに「生長の家の方がおられますように」と真剣に祈ってくれて […]
2021年2月1日 / 最終更新日 : 2023年10月8日 feu05394 忘れ得ぬ人々 忘れ得ぬ人々 (9) 思い出の小池晃代先生 仲鉢 ミチ 私は何も知らぬまま、当時、本太にあった教化部の練成に誘われ参加いたしました。 観音様のような容姿の方が、流産児供養の話をされており、死んだら「オシマイ」と思っていた私で […]