忘れ得ぬ人々 (32) 鶴田貞子先生の思い出 牧野 斐佐子

鶴田先生を思い出しますと暖かくおやさしい先生のお顔とお声が印象に残っています。
鶴田先生は昭和三十四年静岡で入信されました。昭和四十二年に川口に転入し、相愛会長だったご主人の鶴田俊治さんとともに川口青木地区で活躍されていました。
初めて先生のお宅に出講させていただいた時、皆様の和やかな雰囲気に包まれて終わり、帰る時、横になっていたご主人様が合掌してくださいました。その合掌のお姿が深い信仰を持っておられるご夫婦だと感動して戻りました。
その後、娘様が三歳と六歳の子供を残して亡くなられ、しばらく先生のお宅で一緒に生活し、先生はお年だったのにお世話されました。いつも先生は孫さんのことを心配しておられました。お会いすると孫さんの話をされていました。先生のお気持ちが痛いほど分かってお話を一所懸命聞いて「大丈夫です」「大丈夫です」と言っていたことを思い出します。それから私も色々あってお会いしていませんでした。
そして八年前、河口湖の宮本十郎先生が亡くなられ供養祭が行われました。そこで大勢の中、偶然にも帰りの新宿行きのバスの中でお会いしました。これは神さまのお導きと思いました。川口駅まで四時間ほどが、今思えば忘れられない素晴らしい時間でした。孫さんは河口湖で一年お世話になり、今は東京で就職して元気にやっていると嬉しそうでした。それまで私を出講の先生として扱っていただき、自分の孫の心配をしているやさしい祖母の姿を見させていただいていましたが、その時は生長の家の真理を熱く語られました。「『生命の實相』にはこのように書かれています」と紹介されながら、「この素晴らしい御教えをたくさんの人にお勧めしなくてはと、いつも自転車で飛びまわっているの!」「講習会や普及誌をたくさんの人にお勧めすることを死ぬまで頑張ろうと思っているの」と言われました。私はとても感動して、その後の生き方の支えになり、一所懸命、総連の方と伝道を行いました。
それから一年半後の、平成二十九年七月に亡くなられました。三か月前まで誌友会を開催され、言葉通り最後までたくさんの方にみ教えをお伝えされました。
組織の中では支部長、地区連会長、総連会長として、全力で手を抜くことなく行事等盛り上げて推進も一所懸命なさっておられたことなどを親しい人から教えていただきました。本当にお優しくて先生のお人柄が大好きで教えていただくことも沢山ありました。信仰一筋に生きられた先生、本当にありがとうございました。先生にお会いできたことをありがたく心から感謝申し上げます。

ありし日の鶴田講師

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